当世流行りの布マスクを作る。
3月の終わりごろ、さすがに備蓄の不織布マスクが心許なくなってきて、まずファルマンが製作を試みたのである。しかしあのファルマンである。中学の家庭科で手提げかばんを作った際、まつり縫いしたのを「これは仮縫い」と教諭に断罪されたファルマンである。家族4人分のマスクは、惨憺たる状態で僕に丸投げされた。それはなんとかフォローして仕上げたのだけど、そもそも裁断の時点から、四角く切ればいいだけのものを四角く切れていないので、フォローにも限界があった。忸怩たる出来上がりに、この作品のエンドロールに僕の名前は載せてほしくない、と思った。
そんな出来事を経て、ようやく自分で布マスクを作る決意が生まれた。そうなってくると、ファルマンは家にある在庫の布で作っていたが、僕の場合は新たに生地を買う必要が出てくる。新しくなにかを作ろうと思ったら必ずそのための布を買わなければならないのだとしたら、家に既にある布って、いつの、なんのために存在するのだろうな。
生地を買いに行った手芸屋は大盛況だった。僕を含めて、来店している客の8割強くらいは、布マスクを作ろうとしているようだった。そこで表地となる綿の生地数種類と、裏地のためのガーゼを購入する。ガーゼはひとり1メートル限りの販売で、どうやら売っていただけでも幸運だったらしい。そのくらい布マスクの資材需要は高まっているのだった。マスクゴムは店舗では売り切れで、しかしこれに関しては既にネットで注文して手に入れていた。ちなみにはじめは100円ショップで、細めのゴムを買おうとしたのだが、そんなものはもうとっくのとんまに品切れという情況なのであった。
そんなこんなでなんとか資材を揃えられたので、この10日ほどは、マスク作りに勤しんでいた。というわけでこのようなものが出来上がる。
手作りの布マスクって、というか不織布でもそれは同じなのだけど、スタイルがふたつあって、カップのような、くちばしのような、そういう形になるタイプと、そして基本的には長方形で、プリーツ機構で顔の形に添わせるタイプで、僕は前者のそれはあまり好きではないので、後者のパターンで作った。保守派だからマスクは四角がいい。
作り方はウェブの、ファルマンもそれを見て作ったページを参考にした。ただしプリーツの折り方は、そのページでは一方向にだけ折っていたが、マスクを装着する際、そのプリーツが上を向くように着けるのか、下に向くように着けるのか疑問に思い、不織布のマスクではどうなっているだろうと見てみたら、上下均等にプリーツが折られ、中央にボックスプリーツのようなものが出来るように折られていて、なるほどそのほうが洗練されているな、と思ったのでそうした。画像左上の、グレーのものを見てもらえば、柄的に分かりやすいと思う。上下が折られ、中央がいちばん高くなっている。これによりいい具合にアーチが形成され、フィット感もいい。
生地は見ての通りのセレクトで、全6種類。好きな感じの柄を選んだ。コロナが流行る前の、インフルエンザとかの時期の「ののちゃん」で、昔は白だけだったのに町行く人々が最近はいろんな色のマスクを着けているのを見て、おばあさんが「パンツみたいやな」と言う、という回があったが、6色のマスクを作って、本当にそうだなと思った。どうせ布マスクの人になるのなら、日替わりで色とりどりのマスクを着けたい。機能的になにがどう、ということではないけれど、毎日おなじじゃつまらない。それって本当に下着と同じ考え方だ。それと同じく下着で喩えるなら、くちばし型はブリーフで、プリーツ型はトランクス的だと思う。もっとも僕はトランクス派ではないのだけれど。
作ったそばから会社に着けていっていて、周囲からの評判はすこぶるいい。本当に、びっくりするくらいいい。形や仕上がりの出来栄えもさることながら(自分で言う)、やっぱりカラーバリエーションがあるのがいいのだと思う。「不織布がなくなったので仕方なく布マスク……」という悲愴感を感じさせない、前向きな、もはやファッション目的で着けてます的な雰囲気が出せているのだと思う。大成功だ。
画像の、裏向きで内側のガーゼの感じを見せているのは、子ども用の小さいサイズで、他はすべて僕のための成人男性サイズ。それと、それよりひと回り小さい女性用サイズの3サイズ展開(これもいわゆる不織布と同じだ)で、合計35枚ほど作った。やあ作ったな。もう後半なんか手慣れたもので、はじめは苦戦したプリーツの幅なんかも、自然と均一になるようになった。35枚もやればそうなる。
そして横浜と島根のそれぞれの実家に送った。わが家含めて、両実家とも、というか手芸屋の様子からも察せられるように世の中の多くの家庭において、「不織布のマスクの備蓄がさすがにぼちぼち心許ない」状態になっているようで、大いに喜ばれた。よかった。しかもただの布マスクじゃない。センスのいいやつだ。よかったなお前ら。親戚からの株を上げておくのは、他人からの株を上げるよりもよほど実利がある気がする。
あとこれは深い意味があるわけではないが、なんとなく、メルカリで手作りの布マスクの販売状況を眺めるということをした。すると1枚500円から700円ほどで取引されていて、ふうん、と思った。ふうん、と思いながら頭の中で原価をざっと計算し、そろばんを弾いたりもしたが、いやいや、いやいや、山梨の中学生の女の子のことを思い出せ、ダメだダメだ、と振り払った。今後なんかしらのことがあって身を窶さない限りは、そんな、マスクで金儲けなんて、そんな、いやいや、しないよ、うん、いやいや、ねえ。