「回」マスクの理念と失敗

 
 これからマスクはTシャツになっていく。
 「布マスクを売る」という、どこか死の商人的な罪悪感を伴う(そこまで感じ入る必要はないのかもしれないが、念には念を入れて警戒しておきたい)行為に対して、正当化するための弁明としてぶち上げたのがこの提言なのだが、日が経つにつれてそれは自分の中で揺るぎのない事実のように思われてきて、当初の引け目はすっかり払拭された。
 かくして僕はガツガツと、布マスクを出品していこうと思うのだ、これから。いや、布マスクじゃないんだ。布マスクっていうから、ウイルス予防のそれ、不織布のが売ってないから(もうあるらしいけど)求めるそれ、不織布に較べて効果はきわめて薄いとされながらもすがるほかないそれ、という悲愴感が出てしまってよくない。たとえばマウスシャツとか、口カバーとか、すぐにはいいのが浮かばないけど、今後マスクがファッションの一部になっていくのなら、新しい用語が必要だろうと思う。ただし実際にminneに出品するときは、カテゴリはもちろん「マスク」だ。なにぶん注目度が高いから。
 それでここ数日、商品にするための布マスクについて思いを馳せていた。やっぱりTシャツ化していくのなら、柄やデザインが多彩であるべきだろうと思う。ただ買ってきた生地でマスクを作って売るんじゃ芸がない。とは言えアイロンシートはマスクと相性が悪い。呼吸ができなくなってしまうからだ。Tシャツと違い、なぜマスクにアイロンシートを貼ると呼吸ができなくなるかといえば、それはもちろん口を覆うものだからである。
 そんなところから、「マスクの中に口がある」というアイディアがひらめいた。手話通訳の人や教師など、口の動きを相手に見せなければならない人のために透明カバーのマスクというのがあって、客商売の人もそれを着ければいいとか、別にそこまでして客商売の人に満面の笑みを強要しなくてもいいだろうとか、なんかそんな議論がある。また欧米人が当初マスクを毛嫌いしていたのは、口元を感情表現にめっちゃ使うからだ、なんて話もある。それくらい、「マスクで口を覆う」という行為には重大な意味がある。
 じゃあいっそマスクの表面に、「口」をデザインしてはどうか。覆い隠しているから、逆にその上に覆い隠しているものを記すだなんて、とんちがきいている。これが「口」というのがいい。こここそ表意文字たる漢字の本領発揮だ。「mouth」ではおもしろくない。それは一見、単純なデザインとしての□(四角)のようなのだ。でもよく考えると漢字の口であるという、そういうのはどうだろう。
 さらに、と考えた。マスクの中央部に「口」と記すのに加えて、マスクの周囲にも線を走らせたらどうか。これにより「口」は、「回」になる。「回」はそのままマスクを着けている口元の象形文字のようで、ますますとんちがきいている。加えて、身内用に布マスクを作ったときの「布マスク」の際にも書いたことだが、僕はクチバシ型のマスクというのはあんまり好きじゃなくて、あくまで四角のマスクがいいのだ。それなのに世の中はちょっとあっちのほうが主流みたいな感じがあり、忸怩たる思いを抱いていた。たぶんあっちのほうが作りやすい(プリーツを折る必要がないから)のと、あとプリーツがないため生地の柄がそのままの形で出るのとで、いろいろ利点があるのだろうと思う。でもマスクは四角だろう。四角じゃないマスクは、ちょっとどうしても不穏な、物騒な、由々しき感じがして、僕は怖いのだ。その点を、「回」のマスクは解決してくれる。クチバシ型マスクでは「回」にならない。さらにさらに、ここまで来ると話はいよいよこじつけめいてくるが、「回」はイスラムの漢語表記でもあり、イスラムといえばあの女性の頭巾である。あれこそポッと出マスク文化の我々が目指す新しい生活様式ではないか、という気がしなくもないので、その志を持ったマスクに「回」の名を冠するのは理に適っている。
 という並々ならぬ熱情の下に、布マスク「回」シリーズを立案した。そして試作品を作った。最初に紙で作り、次に家にあった2種類の適当な白い布で作った。
 それがこちらである。


 黒線をプリーツのどの部分にどうやって引くか、というのをずいぶん吟味した。プリーツは上下にふたつあり、だから面としてはマスク上に5つあるわけだが、その2番目と4番目の面の、畳んだときに3番目の面のギリギリになるライン。ここにした。これにより着用前、ピタッと折られた状態では、見てのとおりの「回」が実現した。
 黒線は、当初は消しゴムはんこで使用する布用インクを使おうとしたのだが、思った以上にうまく色が乗らなかったので、試作ということもあり仕方なくマッキーでぐりぐりと塗った。ちなみにそれは折る前の状態である。着用したら広がる、折った内側にも線は当然ながら続くので、平らな状態で書く必要がある。ちなみにこの線があることによって、案内線となってプリーツを折るのは楽になったことを書き添えておく。
 またミシンの糸は、そのときセットされていた赤のままやってしまった。
 ここまではよかった。この状態までは、「おお、これは売れる」と昂揚していた。しかしながら着用してみて、「おや?」となった。
 

 なんか思ってたのと違う。なんか思ってたより間が抜けている。期待していた良さがない。はっきり言って、変だ。もっと口っぽくなると思っていたのに、これだとただの変なデザインだ。もう少し左右の線を中央に寄せたほうがいいだろうか。そういう問題だろうか。あとマスクって、着けるともうそれで形が定まって、喋ったところで別に動いたりしないのな。なんかもっと動くような気がしていて、だから「口」も、本物の口に連動して動くようなイメージだった。実際はそんなことなかった。
 そんなわけで試作した結果、商品化が遠のいた。残念だ。理念と期待が高かった分だけ悔しい。もう少し研究が必要そうだ。ファルマンからは、「北欧風の柄で作ったらええねん」「ほっこりすればええねん」「そうしたら売れるねん」とチャチャを入れられている。理念で飯は喰えませんね。