ヒットくんフェルト人形

 
 カッティングマシーンの導入をきっかけにして、オリジナルグッズ販売を始めたわけだけど、僕におけるオリジナルグッズの象徴といえば、なんてったってヒットくんのフェルト人形だ。かつて20代前半あたり、西荻窪のレンタルボックスでハンドメイド作品を委託販売していた際の主力商品がまさにそれで、たしか十何体かは売れたはずである。だから今回、minneでオリジナルショップを持つにあたり、もちろんそれのことは考えた。だけどあの頃と今では創作の仕方が大きく変わっていて、あの頃は技術も設備もなかったので、とにかく愚直に手縫いで、ひと目1ミリくらいで、ヒットくんのぐるりをちまちまと縫い合わせていたわけだが、ミシンの味をすっかり覚えてしまった今は、とてもじゃないけどそんなことはしたくない。ちなみに先日の「緑ゴリラ」はその方法で作ったのだが、それはほとんどやることがない閉鎖直前の工場で、夕方までの時間を潰さなければならなかったからやったまでで、こちらの目論見通りそれは大いに時間を消費させてくれたのだが、そんな特殊な状況で利用されるほどに、そのやり方はコストパフォーマンスが悪いわけである。あの当時、手縫いで1体につき数時間かけて作っていたヒットくんを、僕はたしか700円だか800円だかで売っていた。さらにそこからショバ代が抜かれたのだ。なぜ周囲の誰も、その値段設定についてなにも言ってくれなかったのかといまさらながら思う。たしかに原材料費は大したことない。フェルトと綿と糸、そしてボタンとボールチェーン。でも5時間も6時間もかけていたわけで、だとすれば人件費は時給換算で100円にもならなかっただろう。もはやこれは、儲けるためにやっているわけではない、というレベルの話ではない。我ながら頭が悪すぎる。いまもしも同じやり方でヒットくんを作り、販売するとしたら、少なくとも5000円は欲しい。5時間かかることを思えば5000円だってどうなんだ、という話だが、ぎりぎりで内職として受け入れられないこともない。だけど12cmあまりのフェルト製ヒットくん人形を5000円で買う人はいないだろう。よってあのヒットくんフェルト人形は、生産方式と価格設定がどうしたって釣り合わないということで、minneで販売することはあきらめていた。
 そんな折りに、トートバッグを買ってくれたとある人から、「ヒットくん人形が欲しい」というリクエストを受け取る。ありがたい話である。ありがたい話なので、そこから改めて生産方式について考えてみることにした。すなわち、どうやったら5時間とか掛からずにヒットくんを作れるか、ということである。
 ヒットくん人形は、前と後ろを縫い合わせ、その間に綿を詰めるという、とっても単純な仕組みでできているわけだが、背の高さが12cm程度とは言え、手や足を含めてぐるーっと縫うとなると、その長さは30cmを優に超えてくる。その縫いを、これまでは縫い目と縫い目が融合するほど細かい幅でやっていたわけだが、じゃあある程度それを粗くしたらいいんじゃないか、と思った。思ったけどそれは実験してみようとも思わなかった。粗い目の縫いって、粗いなりに目幅が整っていればそれなりに見られるかもしれないが、それを一定にするのに逆にとても神経を使うだろうと、やる前から判ったからだ。
 じゃあやっぱりミシン縫いするしかないか、となる。これまでもフェルト製ではない大きめのヒットくんを作る際は、ミシンを使っていた。ミシンの場合、2枚のフェルトを中表にして、返し口となる一部を除いてヒットくんの形に縫い、縫い代を切るなどして処理したのちにひっくり返し、綿を詰め、そして最後に返し口を手で縫って塞ぐ、という工程になるわけだが、これでヒットくんが服でも着ていれば、その返し口の部分も楽に隠せるのだが、そうではないので、返し口は糸が表面に出ないよう、ほかの中表でミシン縫いしてひっくり返した部分と変わらないようになるよう、気を付けて縫い合わせなければならない。なんだかんだでこれもだいぶ神経を使う。あと手足の部分は細いので、中表で縫うと縫い代がごわつき、ひっくり返したときうまく形を出しづらいという欠点もある。そういうことを考えると、ミシン縫いも思ったほど効率的ではないのだった。
 ここまで考えていったん暗礁に乗り上げたのだが、そうはいってもやっぱりミシンを使わない限り量産は不可能なので、なんかいい解決法はないだろうかとなおも思いを巡らせた。その結果、いっそ外表で縫って、余計な部分をカットする形にすればいいのではないかとひらめいた。布とは違うフェルトの特徴として、布目の向きもなければ、裁断したところからほつれてくることもない、というのがあり、そんなフェルトだからこそできる特別なやり方だ。


 つまり、このように顔を刺繍してボタンを縫いつけたフェルトを、背面になるもう1枚のフェルトと重ねて、



 そこへ専用の型を当てて、型がなるべくずれないよう、ふちのぎりぎりを縫っていく。この作業は、これまでの押さえを手動レバーで上げなければならないミシンだったらとてもできなかった。さらにいえば送り歯の調整機能も駆使し、要所では目幅を小さくしたりしながら、なるべく歪にならないよう、なめらかな線を心がけて縫っていく。


 するとこのようになる。頭頂部は綿を入れるためにまだ縫わない。
 

  そしてこれを、縫いになるべく近い部分で、外側を切り落としていく。これをあまりに細くしようとすると縫いを切ってしまい、台無しになる。この時点でそこまで攻めなくてもいい。裁ちばさみで切ったあと、小バサミで微調整してもいい。 


 これに綿を詰める。ちなみに切る前に綿を詰めるとハサミが入れづらくなるので、順番はこのほうがいい(3体目くらいで気づいた)。綿は多すぎるくらいに詰める。頭頂部の縫っていない部分を最後に縫わなければならず、そこをなるべく平面の状態で縫うため、最終的に頭部にやってくる分の綿も、この時点で体のほうに詰め込んでおく必要がある。


 そして頭頂部を縫い、またこの部分の余計な外側を切り落とし、それから全体の綿の入り具合を揉みこんだりして調整したら、ヒットくんの完成である。
 縫い代が外側にはみ出ているのってどうなんだろう、と作る前には不安だったのだが、最終的に仕上がったものを見たら、ほとんど気にならない。くそ細かい手縫いでやったのとこんなに印象が変わらないものかよ、と無力感を覚えるほどだ。それとこの作り方の、縫い以外のメリットとしては、表面が毛羽立っているフェルトには印が付けづらく、裁断作業がけっこう大変だったのだが、これならば印を付ける必要がそもそもない。型に合わせて縫い、その縫いにあわせてハサミを入れればいいので、とても楽だ。
 そんなわけで、けっこうがんばって考えたかいあって、とてもいい結論にたどり着いた、新様式・ヒットくんフェルト人形。まずは、あかきいろきみどりくりーむくろちゃいろぴんくみずいろむらさきみどりの10色から販売スタートする。この記事の写真撮影のために作った青は、まだこの1体しか作っていないので未販売である。お値段は1体1000円。これ以上はまからない。よろしくお願いします。