三角パンツ

 
 営業活動をしてくれているらしく、たまに友達からの仕事依頼をくれる母から、今度は「サルエルパンツを作ってほしい」という注文が来た。ズボンの類は作ったことないなあと尻込みしたが、依頼でも受けて作らない限りずっと作らないままだろうと思い、引き受けることにした。
 実物を送るので、それと同型のものを作ってほしいとのことで、それを待つ間、サルエルパンツとは基本的にどうやって作るものか予習しておこうと、図書館で本を借りたりした(余談だがその際、「パンツを脱いで眠る即効療法」という本と運命の出会いをした)。
 ほどなくして母から荷物が届き、実物を確認する。確認したところ、なんじゃこりゃ、となる。想定していたサルエルパンツとはぜんぜん違う作りで、どう違うのか、見ていてもあまりよく分からないのだが、とにかく違っていた。穿いてみると、股の下にものすごい量の生地が遊ぶ。依頼主である母の友達は、座ったとき、この余った布地部分に、飼い猫を乗せて愛でるのが好きだという。これならば猫も3匹くらい収まるだろう。それほどのダブつきである。細かな定義は知らないが、サルエルパンツというダボっとした感じのパンツがあり、それをさらにダボっとさせたものがアラジンパンツであろうと、勝手に自分の中で分類していた。これはそこさえ超えて、そもそも作りが、一般的なズボンのものとは明らかに違っていて、サルエルもアラジンも、結局は普通のズボンの、内ももの区切りを浅くして、股下に空間を作ったものだろうと思うが、送られてきたものはそうはなっていなかった。しかも生地が幾何学模様で、縫い目が分かりづらく、ここをこうして縫い合わせて、ここがこうなるから、というふうに見ていっても、やがて眩惑されてしまい、構造がいつまでも理解できなかった。ちなみにどうも既製品ではない気配で、じゃあ依頼主はどういう来歴でこれを手に入れ、そしてなぜ今回は僕に依頼してきたのだろう、と思ったが、そんなことはわざわざ母経由で訊ねても面倒だと思ったので訊ねなかった。
 仕方がないので検索に励んだ。サルエルパンツの作り方で検索しても、いわゆるサルエルパンツのものしか出てこないので、大いに難儀した。しかしこれは本当に自分の検索能力を褒めたいのだが、なんと語句を入力したのかはもう忘れたが、目的のページを見つけたのである。それによると件のパンツは、やはりサルエルでもアラジンでもなく、中東からはだいぶ東に移動して、タイの山岳民族の民族衣装とのことだった。なんだそれ! なんだそのマイナーさは! そして肝心の作りなのだが、幸いなことにこれも紹介してくれていて(大感謝である)、それを見て「はー、なるほど」とこれまでの疑問が氷解したのだが、合わせ目を追っても眩惑されるのは当然で、これは1枚の横長の布を、折り紙のように折って、腰の大きめの穴と、足の小さめの穴ふたつを作り出すという、なんかそんな感じの作りなのだった。ズボンの正体から、その作り方まで、謎解きのようでとてもおもしろい体験だった。
 しかしそれで作れるかといえば、ここからも実はわりと大変で、ホームページで紹介されていたように、ただ折り紙のようにしても、裾がきちんと円にならず、三つ折りにすることもできないため、そこに工夫が必要だった。すなわち、長辺の端から裾幅分進んだところから、生地を抉るようにゆるやかな三角形のカットをし、すると曲線になった分だけ辺が長くなるため、短辺のほうも同じようにカットするのである。こんなことを文面で記しても、なにを言っているのかさっぱりだろうが、もしも自分がいつかまたこのパンツを作ることになったときのための備忘録として記している。かくして構造がようやく判ったパンツを、おまかせされた生地を調達し、縫う。出来上がったのがこちらである。


 ホームページでは「三角パンツ」と称されていた。基本的に、長方形を三角形にするように折って、端と端を縫いつけているものなので、出来上がりは三角形になる。


 穿くとこのような感じ。穿けばそれなりにズボンなのである。しかし股の下に、ものすごく余分な布がある。この布はなんのためにあるのだろう。タイの山岳民族はなんに使うのだろう。まさか猫を愛でるためではあるまい。たぶん一生この答えは知らないままであろうな。
 ちなみに切り替えの上のウエスト部分、白いのはニット素材なのだが、このところ僕はニット素材を買うのにハマっていて、今回はその中からちょうどいいものをセレクトした。これのなにがちょうどよかったかって、ニットなので環の状態で届いたのだが、この環を、環のまま使えたのだ。プチミラクルだ。だからこのズボンのウエスト部分には、継ぎ目がない。たぶん母の友達は、すぐにはこのことに気付かない。いつかウエストゴムが伸びたりして、交換しようかと思ったときに、気付く。どうなってんだこれ、と。


 後ろはこのような感じ。実物見本にも尻ポケットが片方にだけあったので、母の友達がそれを必須としているかどうかは知らなかったが、付けた。ポケットなので、いちおうブランドネームも縫い付けておいた。あといつも通り、柄合わせにこだわった。
 というわけで無事に完成してよかった。この3週間ほど、どうしたもんか、どうしたもんかと、微妙に悩まされていたので、ようやく解放されて嬉しい。