クラショー


 最初に聞いたときは聞きまちがいだと思った。
「先生、私たちのクラスは、話し合いの結果、クラショーを作ることにしました」
 そう伝えてきたのは学級委員の笠原みなみである。
 この学園では、秋口に行なわれる文化祭と体育祭に向け、クラスごとのノベルティーを作る伝統がある。皆で同じものを身に着けることによって、クラスの団結を強めるのである。私自身はそのような青春らしい空気とはかけ離れた男子校で高校生活を過したので、女子校の翳りのない華やかさには、何年経っても驚いてしまう。
 作製されるノベルティは大抵がTシャツである。いわゆるクラTと呼ばれるもので、デザインもしやすく、価格も安く、それでいてクラス全員で着たときの特別感も強いので、毎年ほとんどのクラスはTシャツを作る。しかし選択肢がTシャツに限定されているわけではなく、タオルやパーカーなどにするクラスもあるが、きわめて稀だ。
 だから今年の受け持ちのクラスも、当然Tシャツだろうと思っていた。
「クラ、ショー……?」
 初めて耳にする言葉に怪訝な顔をしてみせる私に、笠原みなみは動じる様子がない。
「はい! クラショーです」
 専門とする200m自由形で新記録が出たことを、濡れた髪のまま放課後の職員室にやってきて私に伝えにきた先月と、まったく同じ屈託のない表情である。
「……ショーってなんだ?」
 私の問いかけにスイマー少女は一瞬きょとんとして、しかしすぐにこう答えた。
「ショーツです!」
「…………」
「私たち2年D組は、クラスショーツを作ることにしました」

 報告を受けたときには荒唐無稽だと思ったクラスショーツであったが、笠原みなみをはじめとした生徒たちから説明を受けると、腑に落ちる部分が多くあった。
 ノベルティ決めのホームルームにおいて、
「毎年Tシャツだからさ、なんか今年は別のものを作りたいよね」
 とはじめに筋道をつけたのは、浜谷涼花であったという。
「分かる分かる。クラTって終わったあと着られないし、でも捨てられないから困るんだよね」
 武藤玲奈がそう賛同したが、
「かといってタオルとかじゃつまんないよね。やっぱり着るもののほうがいいんじゃないかな」
 市原朱莉はそんなことを言ったという。
 そこで議論はいちど暗礁に乗りかけたが、
「じゃあ内側に身に着けるものなら、学園祭が終わったあとも普通に使えるんじゃない」
 そんな提案が都倉綾から出た。
 そこからショーツという結論に至るまでは早かったという。
「みんなで一緒のショーツを穿くとか、なんかテンション上がるね」
 瀬田響が少し頬を紅潮させて言うと、
「分かる。なんか、ちょっと、……エロいよね」
 染野里恵が同調したが、その言葉はさすがに小さく唱えられたので、周りの数人の耳にしか届かなかったらしい。
「見た目だけだとノベルティがなんなのか分かんないっていうのがいいね」
 大野咲良のこの言葉が、新しい展開をもたらす。
「そうだ、それじゃあさ、ノベルティがショーツだってこと、クラスだけの秘密にしようよ」
 若井七瀬がそう呼びかけると、
「それ、すごくいい! 他のクラスからは、ただのノベルティを作らなったクラスに思われるの! あんまり仲のいいクラスじゃないのかな、って」
「でも実はみんなでお揃いのショーツ穿いてるっていう。めっちゃ仲良しっていう。最高!」
 久藤佳奈と志田祐奈のコンビが盛り上げた。
 この時点でクラスの心はひとつになっていた。

 しかし前例にないことをやろうとすると問題も起こる。ノベルティを発注するどこの業者にも、ショーツはアイテムのラインナップの中になかった。それはそうだろうとも思った。しかし私のクラスの生徒たちは、それくらいで挫けるような子たちではなかった。
「業者に頼めないんだったら、自分たちで作っちゃおうよ!」
 そう提案したのは田部ひなたである。演劇部に所属する田部ひなたは、衣装の製作を通して縫製の心得があった。
「えっ、ショーツって自分で作れるの?」
 仁藤史織はそのことがよほど意外だったようで、自分のスカートの裾を少しめくって穿いているショーツを確認した。
「作れるよ。ニット生地とゴムさえあればすぐだよ」
 そう断言する本多すみれは、なんといっても手芸部の部長である。
「プリントだって、アイロンシートでやれば簡単だよね。うん、そうしよう」
 副学級委員である村井友美が話を取りまとめた。

 自作するとなったら生地は自由自在である。買い出し班が生地屋でピックアップした数点で多数決がなされ、かなりの得票差でピンクと白のボーダー柄の生地が選ばれた。
「どうせなら普段は穿かないような、めっちゃかわいいのがいいよね」
 そう言って照れ笑いする遠藤美緒は、たぶんコットンのショーツなんて持ってさえないのだろうと思う。でも、だからこそなのだと思った。
 女子校の気兼ねなさからか、生徒たちの下着が目に入る場面は日常の中で少なくない。しかしこんな柄のショーツは見たことがなかった。だが生徒たちは背伸びして大人びたショーツを穿きながら、どこか心の中では、こんなかわいらしいショーツを穿きたいと思っているのではないか。今回、ノベルティという口実を使って、少女たちはその願望をかなえようとしているのかもしれないと、私は気づきはじめていた。

 かくして1学期の終わり、期末考査のあとの連休中に、クラスショーツは完成した。教壇の上に、完成した揃いのショーツが人数分積み上がっている。不思議な気持ちだった。生徒の、少女のショーツなのだと思えば、直視していいものであるはずがないのに、この少し前に、私はこのショーツの群がまだ1枚の巨大な布であった状態を目にしているがゆえに、「直視していいものであるはずがない」はずがないと思えてしまうのだった。ショーツは、一体どの瞬間から、私が目にしてはいけないものになるのだろうか。そんなことに思いを馳せていたら、
「先生、みんなに渡すのお願いできますか」
 笠原みなみがそう言ってきた。いや、それは……、と思いかけるが、これまでの教師生活を振り返れば、業者から納入されたノベルティのTシャツを生徒ひとりひとりに渡すのは、教師の役目だった。ならば今回のショーツだけが例外というのは理屈になっていない。私は観念し、ショーツに付されたタグに記された名前を呼びはじめた。デザインはもちろんすべて同一なのだが、いかんせんサイズがある。上原由希のものに較べて、江神梓のものは大きい。衛藤つばさもそれと同じサイズか。少女たちはこれから穿くこととなるショーツを私に触られ、嫌ではないのだろうか。私が意識しすぎなのだろうか。
 最後の和倉莉佳までを配り終え、しかしその下にもう1枚、ショーツがあることに気がついた。
「これは……?」
 見るとこれまでのどれよりもひと回り大きい。しかも形が微妙に違う。フロント部分めがけてゴムを張って仕上げているようで、やけに立体的な作りになっている。さらにはこれまでのものにはあったクロッチという股布がこれにはついていなかった。
「先生、気づいちゃいました?」
 いたずらそうに最前列の席から声をかけてくるのは、深川奈緒である。
「それ、先生の分のショーツです」
 仲川ひかるの声には、明らかに笑いが含まれている。仲川ひかるがこんなふうに笑うのを、私は初めて見た。
「お、俺の? 俺がこれ、穿くのか?」
 戸惑う私に、
「穿いて、くれないんですか?」
 恩田紗希が問いかけてくる。恩田紗希の上目遣いには破壊力がある。
「……穿くよ。穿くに決まってるだろ。作ってくれて、ありがとう」
 生徒たちから歓声が弾けた。

 その翌日、みんなで一斉にクラショーを穿いてくるという取り決めになった。
 朝の教室に入った途端、生徒たちが高揚しているのが分かった。全員同じショーツを穿いていることに、淡い性的興奮が刺激されるらしかった。
 それは私も気持ちが分かった。
「先生、本当に穿いてくれたの?」
 そうけしかけたきたのは、野中亜美である。
「……穿いてるとも」
 私は答える。
「本当かなあ」
 貝原真琴が疑いの目を向ける。
「先生、きつかったりしない?」
 内藤美央が訊ねてくる。だいぶスリリングなことを訊ねているはずなのだが、内藤美央にその自覚があるのかどうかは分からない。
「まあ、うん……」
 きついと答えてもきつくないと答えても支障があると私は思い、そのような声を出した。
「ねえ先生、ウチらも穿いてるところを見せるからさ、先生も見せてよ。やっぱりクラスのノベルティなんだからさ、みんなで身に着けてるとこ、見たいじゃん」
 そんなとんでもない提案をしてきたのは、桃谷希である。
「えっ、おまっ、なにを……」
 戸惑う私を尻目に、紅潮した生徒たちは口々に、「それいいね」「そうしよう」などと言いながら、次々にスカートを脱ぎ、さらにはブラウスまでを脱ぎはじめた。
「お、おい! おまっ、まっ、……くそっ」
 もはや生徒たちの欲求を止めることは不可能だった。これがTシャツであれば、全員で着込んでいるところを確認することはなんらおかしいことではない。ならばそれがショーツでも同じだろう。私はそう自分に言い聞かせ、仕方なくスラックスのベルトに手をかけた。少女たちの目が一斉に私の腰回りに集まった気がした。
 窓の外ではセミが鳴いている。今年の夏は、例年よりも暑い夏になりそうだぜ。