ボックス型スイムウェア製作漫談 1

 
 スイムウェアを、ここまでで一体何枚作ったろう。
 いま周辺にあるものをざっと数えたところ、50枚あった。実際はもう少し多いと思う。
 スイムウェアを50枚保有しているというのは、たぶん大抵の、競泳選手であったり、水泳の指導員であったり、水泳を生業としている人よりも、多いだろう。普通、そんなに必要ない。ちなみに水泳キャップに関しては、2枚しか持っていない。2日続けてプールに行くことはあまりないし、あったとしても2枚あれば十分事足りるのだ。本来はスイムウェアだって、それとまったく同じサイクルで成立する。
 それなのに50枚である。
 必要性に差し迫れて、でないということは、それすなわち、趣味の範疇ということになる。最初はたしかにそうだった。ショーツ作りの延長で、スイムウェアも自作できたら愉しいかもなー、というくらいの感じの動機だった。しかしショーツとスイムウェアには決定的な違いがあり、ショーツは基本的に自分しかその着用姿を目にしないのに対し、スイムウェアというものは公衆の目に触れるものである。そのため前者は、言ってしまえばどんなものでも問題ないが、後者はそういうわけにはいかない。いかにも自作と判るようなスイムウェアとして成立していないようなものは、周囲に不快感を与えてしまうため、それ相応のクオリティが必要になってくる。そしてクオリティとともに、コモンセンス(良識)も求められる。これについては後述する。とにかくそのあたりにスイムウェア作りの奥深さがあり、これを希求することは、それはもはや趣味という言葉で表すには違和感があり、修練と言ったほうが的確かもしれない。
 だとすればこの50枚は、僕のスイムウェア作りの、修行の軌跡であると言える。
 作り始めるにあたり、まずコンセプトとして、ボックス型というのは定まっていた。
 メンズのスイムウェアにはビキニ型というジャンルも存在し、それならば、その時点までにさんざん作っていたショーツのノウハウがあるため、あとはそこに腰紐を通すための穴さえ加えれば、すぐに形にすることができた。
 けれどビキニ型は僕の選択肢になかった。なぜか。
 恥ずかしいからだ。
 脚を締め付けないそれが、スイムウェアとしてある種の理に適っていて、穿いている人たちはそういうストイックな目的から穿いているのだ、ということは頭の中で理解しつつ、やはりどうしても普段穿いているショーツと同型のそれで、異性もいる公共の場に出る勇気はなかった。巨根としての自覚もまた、その思いを強めたろうとも思う。
 つまりここにコモンセンスが作用してくる。穿いている人たちを責めるつもりはない。目にして「わっ」と思ってしまうのは、ひとえにこちらの疚しさが原因である。だがそうは言っても僕自身は、僕がビキニ型スイムウェアで人前に出ることは、僕のコモンセンスに反すると判断したのだった。
 というわけでのボックス型である。実際、自作するようになる前は、既製品のボックス型のものを穿いていた。
 ちなみに大人になって水泳習慣を持ち始めた当初は、ネットで買った適当なスパッツ型を穿いていて、これがまあ現在の世間の大勢である。レジャープールではなく、日々の運動としてのプールにおいては、75%くらいの男性がスパッツ型を穿いている。丈は腿の中央、あるいはちょっと膝寄りくらいまであるだろうか。色は大抵が黒を基調とし、そこに白や赤の多少の模様やブランド名が入るくらいの、シンプルなデザイン。普通に泳ぐ分にはそれでぜんぜん問題ないのだが、たぶん傾向として、生活における水泳の比重が大きくなればなるほど、その丈というのは短くなってくるのだと思う。なぜそうなるのかと言えば、それはプールという場所には得てして、スイスイ泳ぐボックス型スイムウェアの先達がいるからで、彼らに憧れる気持ちや、もとい彼らがああもスイスイ泳げるのはスパッツ型よりも脚を動かしやすそうなボックス型だからなのではないかという思いから、自分もそろそろただのビギナーから、そこそこ泳げる、趣味が水泳の人にランクアップするにあたり、スイムウェアもボックス型にすべきだな、というふうに発想するからである。
 というわけでボックス型スイムウェアをネットで商品検索すると、実はそこには、質実剛健なスパッツ型とは比べ物にならない、多彩なバリエーションの世界が広がっている。言っても半裸になるスイムウェアにおいて、ビギナーは無難さが大事になるけれど、まあまあプールが快適な空間になってきたミドルスイマーは、スイムウェアも気分がアガる、好みのデザインのものを求めるからである。
 僕もこの段階が3年間くらいあって、何枚かボックス型を購入した。バリエーションが多くあると、目移りして、何枚も欲しくなるのである。趣味というのは、往々にしてそういうものだと思う。そして大抵の人、比率にして99.999%くらいの人は、この段階が最後まで続く。そのときどきでたまにコレクションを増やしながら、趣味が水泳の人生を謳歌する。
 その中で、ごくごく稀に、スイムウェアをいっそ手作りしたらどうかと考える者が出てくる。それが僕である。これはきわめてレアなケースに違いない。昔ならばいざ知らず、21世紀である。世の中には既製品が溢れ、さらにはそれがインターネットでいくらでも手に入れられる。そんな時代にスイムウェアをハンドメイドするだなんて、狂気の沙汰ではなかろうか。なぜそんなことを始めたのかと問われたら、「作るのが好きだから」、「ショーツのためのニット生地を買っている店に、スイムウェア用の2WAY生地も売っていたので、作れるんだ、と思ったから」、「自分だけ自作のスイムウェアで泳いでいると思ったらテンションが上がりそうだと思ったから」などの複数回答になるだろう。
 かくして僕はボックス型スイムウェアの製作に取り掛かった。まず型を作らなければならない。最初に参考にしたのは、それまで穿いていたspeedo社のものである。ボックス型は、speedo社に限らず、mizunoもarenaも、背面は1枚布であるのに対し、前面は3枚で構成されていて、大まかに言えば、左右対称の直角三角形が、それぞれ左下と右下に直角部が来るように両端にあって、その両者の斜辺を繋ぐように下向きの二等辺三角形が中央にある、という仕組みになっている。
 

 簡略図にするとこんな感じ。裸になれば一目瞭然だが、なるほどこれは股間周りの形状そのままである。鼠径部と太ももの付け根は、たしかにこうなっている。そして太もものラインに沿って生地が分かれているから、実質ビキニ型とそう変わらないように脚が動かせるということなのだろう。これに対してビギナー用の安いスパッツ水着では、2枚の生地が中央で縫い合わされているだけだったりする。作るのは簡単だろうが、それでは人体の造りと合わない。
 というわけで3枚布で挑戦したのだが、実はこれはうまくいかなかった。水着をたくさん作った今ならどうか分からないが、きちんと穿けるようなものに仕上がらなかった。
 さらに言えば、できたところでこれではテンションがあまり上がらない、と作っていて思った。股間周りの仕組みというのは、平面的に見れば、それはたしかに図の通りなのだけど、でもそうじゃないだろう、という思いがあった。男性の股間周りは、もっと立体的に考えるべきではないのか、と。