シュレディンガー水着にまつわる思索


 新々パターンの発表によって世間にもたらされた熱狂と興奮がいまだ冷めやらぬうちに、僕はさらに次の段階へと進んでしまった。
 お師匠によるウルトラローライズ特注の製作を通し、どうしたってムズムズする思いが頭をもたげてきて、回転ずしでひとりだけ大トロの注文が通らない井之頭五郎のように、「なんだか俺だけが損しているような気」に襲われたのだった。
 お師匠や、そもそもなんの憂いもなく競パン的なビキニを穿いてプールに現れる人々に対し、僕だけが勝手に、抱えなくていい葛藤を抱え、重ねなくていい研鑽を重ね、覆わなくていい部分を覆い、狙わなくていい絶妙なラインを狙っているのではないか。水着って、「誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメ」なのではないか。
 そんな(経なくていい)思索を経て、新しく作ったパターンがこちらである。


 お師匠の注文品を作った際の記事で、ボックスとビキニの境界線について、僕自身の解釈として、「脚ぐりにゴムが入っていたらビキニ、入っていなかったらボックス」という見解を述べた。その点に関してこれはどうなのかと言えば、ゴムは入れていない。だからやっぱり僕はこれをボックスの範疇として穿く気概を持っている。
 当人としてはその気概を持ち続けているが、しかし世間一般の目で見て、曲がり角を曲がった先にパッとこの水着姿の男性が立っていたら、ボックスだなあとは思わず、ビキニだなあと思って、そしてそのあと叫び声を上げるのではないかと思う。


 僕だって、水泳を趣味にし始めた最初期に、未来からやってきた僕からこの水着を渡されたら、「こ、こんなん穿く勇気ねえし! ざ、ざけんなよ、おっさんの俺!」と怒り出したろうと思う(やけに若者のような口ぶりだが、こいつも30代半ばである)。
 でも今の僕なら穿ける。痛くないよう、優しく、しっかりほぐして、そろりそろりと、時間をかけて、着実にことを進めてきたので、受け入れることができる。世の中にはそんな手順が必要ない人もいる。乗馬が趣味なので、いつの間にか膜が破れていた場合というのもあるだろう。それを思うと、余計な回り道だったと言えるかもしれない。この間に、水着を何枚作ったか知れない。大袈裟じゃなく200枚以上作った。でも日本ハム時代もエンゼルス時代も、決して無駄な時間じゃなかった。それらを経たことで、いまのドジャースでの大成功がある。少々ちんこが小さくたって、これまで生きてきた全てによって作られた今を誇るべきだ。
 途中からいまいちなにを言っているのか、自分でもよく分からなくなった。
 とにかくこの、本人としてはボックスの延長として穿いているが世間から見ればビキニという、シュレディンガー水着とでも呼ぶべき水着が、僕の現在の最高到達点であり、これに関しても、自分用以外に販売用を作るのもやぶさかではないと考えているのだが、あまりにも思いが強く、潮がぶつかり合うように、ボックスとビキニの混ざり合うそのあわいに、しかし凛として在るのだという奇跡のごとき繊細さを解ってもらいたいという願いから、実は先ほどアップした画像について、満足をしていないのだった。
 これまでもじわじわとその気持ちは燻っていたが、ジョニファーはLサイズ体型だし、なによりも一切の反発のない硬い素材で出来ているため、モデルとして水着を穿かせて写真を撮ってはいるけれど、実はこの着用姿というのは、実際に人が穿いた状態とはだいぶ違う。ジョニファーに穿かせるとなると、だいぶ生地は張り詰めた感じになるが、Mサイズの人間が穿いてもこんなに伸びないし、それに生地は肌に張りつき、かつ食い込むので、印象としてはだいぶもっと、面積が小さい感じになる。画像だと、「ビキニって言ったってそこまで激しいやつじゃない、せいぜいブリーフくらいの感じなのに大袈裟だなあ」と感じるかもしれないが、それは大いなる誤解である。


 バックショットに関しても同じで、これまでも「ハーフバックの要素を取り入れた」ということを述べてきたが、画像ではそれがぜんぜん伝わっていないと思う。本物の人間の尻って、もっと肉が盛られているものじゃないですか。この水着では、それの下のほうを覆うことなく、けっこうさらけ出すんですよ。最初に穿いたときは驚いたもんです。俺、すっげえ尻出してる! という感覚がある。でも次第に慣れます。そしてそういう水着を穿いていると、だらしない尻をしている場合じゃないなと思って手入れに励むので、やっぱり体型カバー水着なんかよりもこれは志が高くていい水着だとも思うのです。


 いっそ逆に穿いていない状態のほうが水着としての正しいイメージが伝わりやすいのではないかと、ジョニファー的には憤懣やるかたないことだろうが、こんな画像も撮ってみた。たしかにこっちのほうがより伝わる部分もあると思う。めっちゃビキニやん! ぜんぜんボックスやないやん! というニュアンスとかが(それでも気概としてはボックス)。
 この問題をどう解決したらいいかと、以前からしばらく考えていて、いっそジョニファーのような本格的なマネキンではない、エアー式のものを使うというのはどうかと思った。空気人形ならば反発があるので、水着の生地がいい具合に張り付く感じになるのではないかと。それについて他ならぬジョニファー、すなわちChatGPTに相談したところ、
「ありっちゃありかもしれないけど、エアーマネキンは筋肉とかの表現がぜんぜんないから、パピローの求めるものとはちょっと違うかもしれないよね」
 という答えで、たしかにそれはそうかもしれないと思ってamazonでの注文を取り止めた。
 それでは他になにかいい手はないかと訊ねたところ、「TPE製のものはどうか」と提案され、なんだそれはと検索したら、熱可塑性エラストマーという、シリコンのような感触の、なんかいい感じ(文系によるざっとした理解)の素材らしく、なるほどそれはよさそうだと思ってTPE製のマネキンで検索したら、ラブドールばかりが出てきたので、ダメだこりゃ、と思った。しかも僕が求めているのは、男性の腰周りという、だいぶニッチな部分なのである。なので「TPE 男性 腰」で検索したところ、女の、バンズとアヌスという二穴(しかも格別の名器)が造形された尻の部分という、あのオナニーグッズが出てきて、なにぶんこちとらまだ16歳の純情美少女なので、「はわわわ……!」と慌てて目を閉じた。ウ、ウチが欲しかったんは、男性の腰であって、男性の性欲を満たすための腰じゃないんだかんね! それにしても、みんなもうTENGAとかでスタイリッシュに済ませて、女の造形にはこだわらなくなったのだと思っていたら、やっぱりあの類のグッズというのもまだまだこの世にはあるのか。とは言え、見た瞬間は、商品画像の一部にモザイクが掛かっているという衝撃もあって「はわわわ……!」となったが、腰周りと言えば、紛うことなく腰周りである。女性のものだという懸念はあるが、そもそもジョニファーは作っている僕のサイズの水着に対してやや大きいという瑕疵があるわけで、案外サイズなどを精査して買えば、これを水着のモデルに使うことも可能なのではないか……? だってTPE製の、いい感じの揉み心地が再現されてる質感なんだろ? という思いがチラッと頭に浮かんだのだけど、ジョニファーというわりと大きめの男性の(もちろん裸の)マネキンという時点で、年頃の娘がいる一般家庭に存在しているのはちょっとおかしいというのに(もうすっかりみんな慣れたが)、本来の用途としては用いないとは言え(せっかくなのでいちど試してみるということも、決してしないのではないかという所存を表明するところである)、さすがにこの商品が家にあるのはさすがにアウトだろうと考え、購入には至らなかった。
 というわけでこの問題に関しては、現時点でまったくなんの解決もしていない。いちばんいい手は、なんてったって僕自身が穿くことだ。ジョニファーに穿かせるのって実はまあまあの重労働だったりするので、自分の身体が使えればこんなに楽なことはない、と思う。いっそ本当にそうしてしまおうかと思う夜もあるが、そんなときはいつも翌朝、42歳にもなって、なんでそんなセルフデジタルタトゥーみたいなことをやろうと思ったのか、と冷静な頭で思う。朝の光は偉大。まさかそんな結論に至る話だったとは。