それは水着であった。裁縫と水泳が趣味である僕が、水着を作るようになるのは自然の流れで、これまであまりここでは触れてこなかったが、たぶんこれまでに30枚以上の水着を作った。なぜ触れなかったのかと言えば、水着はさすがにビキニタイプではなくボクサータイプであり、そうなると自分用に作ったものは、実は僕よりもひと回りほど腰周りの大きいジョニファーには穿かせるのが難しく（無理やり穿かせようとして縫製がパンクしたことがあった）、紹介しづらかったからだ。さらに言えば、水着はショーツと異なり、プールとは言え公衆の面前に晒すものなので、ほぼこの世で誰も見ていないブログとは言え、こんなにちんこちんこ言っているブログで画像を公開すると、もしかしてあの水着はあのブログのやつじゃないか、あいつはよくない奴だぞ、という事態もあり得る、という自意識過剰な懸念もあった。
後者の要因は依然として存在するので、今後もそこまで大っぴらに作ったものを紹介していくということはしないと思うが、前者の要因については、実はもう払拭されている。30枚あまりも作ったことにより、水着もショーツと同様にだんだんと改良が加えられ、布面積は削りつつも伸縮性は向上し、なおかつ縫製は強固であるという、それはもうスポーツウェアメーカーのやることだろうという成果を獲得し、最近の水着はジョニファーも普通に穿けるようになったのだった。
だから今見ると、初期の頃に作った水着は、よくこれで泳いでたな、と思うほど野暮ったい。それがやがて、プールの塩素で摩耗するかのようにどんどん洗練されていき、現在の形に到達した。そして水着における洗練とは水の抵抗の軽減に直結する。それではさぞ泳ぎのパフォーマンスも向上したことだろうと思いきや、実はそんなことはない。なぜか。
のび助だからだ。
水の抵抗、空気の抵抗という問題に対して、ちんこの存在は大きい。スポーツウェアメーカーに訊ねたわけではないが、たぶんちんこをどう収めるのかは、抵抗を減らす上で、すさまじく大きなファクターだろうと思う。普通に考えたら、抵抗がありすぎる。ちんこはあまりにも奔放に、いびつに、垂れ下がっている。これがほんとの抵抗精力ですね、などというジョークも容易に閃くというものだ。
そんな抵抗精力をどう処理するか。大きなファクターと言いつつ、売られている商品を見ても、そこまで工夫がなされている様子は実はない。ではメーカーはどうしているかと言えば、ただ、「ないこと」にしている。男性の脚の間には（個人差はあるにせよ）３本目の脚があるのだという事実には気づかないふりをして（もしかすると開発者はみんな生娘なのかもしれない）、そこに膨らみをまったく仕立てない。平たいのである。平たかったらどうなるかと言えば、なにぶんちんこは液体（「ビキニショーツ製作漫談 ８」参照）なので、実はいかようにも収まる。もちろん少しは生地を盛り上げるが、とは言え圧せられていて、その隆起は慎み深い。「こんもり」と「こじんまり」と「ちんこ」の合体語で、「こちんもり」とでも言おうか。こちんもりが描くカーブはとてもなだらかなので、水の抵抗は極めて小さい。
だから僕も、泳ぎやすさを考慮すれば、そういうふうに作ればよかった。しかし僕が水着を自分で作り、それを穿いてプールで泳ぐという行為をするにあたり、最優先すべきは果たして泳ぎやすさだろうかと自問したとき、その答えは否であった。
せっかく自作するのだから、市販のものにはあまりないような、ちんこを押し潰さない、とは言えのび助ショーツのようにあまりにもちんこの形をかたどったものだと、さすがに公序良俗に反するので、その少し手前、ある程度ちんこの存在を認め、そのためのスペースを用意したデザインの水着を作るべきだと思った。泳ぐとき、ちんこのことを置いてけぼりにするのではなく、イルカとともに泳ぐドルフィンスイムよろしく、ちんことともに泳ぐペニススイム、略してペニスイムを愉しむという独自の進化を僕は選んだ。そのせいで水の抵抗が増えようが関係なかった。行きつけのプールで、僕よりも早く、そして長く泳ぐ人間はたくさんいるけれど、たぶんそれは彼らが普通の水着を穿いていて、抵抗精力が小さいからで、悟空の重たい道着のように、僕がもしも彼らと同じものに穿き替えれば、ぜんぜん僕のほうが泳げるのだろうと思う。俺はまだ本気を出していないだけなんだ。
話がすっかり長くなった。この数ヶ月、のび助ショーツライフが暗礁に乗り上げ、ガーリーライクショーツに回帰していたわけだが、その間はかなり水着をメインに作っていたのだった。そしてその水着作りにおいて、陰茎と陰嚢の曲線を意識し、フロント部分の型紙をミリ単位で調整したりする作業を通して、やっぱりちんこに快適な空間を与えてやろうとするのは大事なことだよな、と気付かされたのだった。
かくして僕は、のび助ショーツへの志向を再開させた。ただしのび助ショーツにも種類があって、ここまでショーツ製作漫談を読んできた人はご存知の通り、初期ののび助ショーツはフル勃起には対応しておらず、せいぜい半勃ちくらいまでのところで、むしろその形状の主目的は、大抵の場合はそうであるところの平常時のちんこを、下方にではなく前方に向かわせることにあった（「ビキニショーツ製作漫談 12」参照）。フル勃起対応のび助ショーツが、そのための生地部分が長すぎるせいで平常時に情けなく垂れ下がってしまい、使用者にPES（「ビキニショーツ製作漫談 15」参照）をもたらしてしまうという問題を、一時は、ガーリーライクショーツとフル勃起対応のび助ショーツの間にあって、最も中途半端な、最も存在価値のないものとさえ思われていたこの初期のび助ショーツはクリアしており、実は最適解はここだったのではないかという結論に、かくして僕は到達した。とても長く壮大な旅路だった。
以上の経緯により、再びあのタイプののび助ショーツを生産していこうではないかと僕は舵を切った。ところが、僕がどれだけいちどそれの存在意義を見失ったかという証左だが、探してもその型紙が見つからないのだった。これまでの試作はわりと型紙を保存しているのに、なぜか当該のそれは紛失してしまっていた。そのため仕方なく新たに作り直した。フル勃起対応のび助ショーツは、それを元に、陰茎部を拡張したものなので、今回はその逆で、陰茎のための線を縮めればよかった。陰茎のための線は常に伸張したいと考えるのが男性心理だが、これは戦略的撤退であると自分を説得し、なんとか線を引き直した。
そうして新たに作った、最適解としてののび助ショーツがこちらである。
これでいいのだ。勃起には対応していない。けれど平常時、このショーツに性器を収めることによって、平常時でありながらちんこは前向きになる。ちんこが前向きであるということは、ちんこは心なので（「パピ川静の漢字講話」参照）、心が前向きになることに他ならない。それはとてもすばらしいことだ。長い旅の果以があった。僕はすばらしい場所にたどり着いた。ここではみんなが笑っている。